ねこえびすの名著決定版

野良ネコ音吉の勝手に決定「名著」ブログ

内堀弘『ボン書店の幻 モダニズム出版社の光と影』

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 内堀弘著『ボン書店の幻 モダニズム出版社の光と影』(ちくま文庫)。ここ数年で、音吉にとってはいちばん読み応えがあり、感動した本です。

 鳥羽茂(とば・いかし)という出版人をご存知でしょうか。1930年代の数年間、その後の詩壇を率いる詩人たちを輩出した出版社『ボン書店』の主です。とはいっても、オーナー兼編集者兼デザイナー兼印刷工の「ぼっち版元」(後に結婚して社員[?]は一人増えましたが)。社屋も東京は雑司が谷の一角にあった二間の借家で、土間にドンと一台の印刷機が置かれ、もう片方の部屋で寝起きするという、出版社というよりは町の印刷屋さんといった風情ですね。

 ボン書店という名は、デザインの斬新さと希少性のゆえに古書界では有名だったようですが、ボン書店そのものであった鳥羽茂については、研究者もいなければ資料も少なく、鳥羽茂は久しく忘却の彼方に捨て置かれていたといってもいいでしょう。

 その彼に近年、スポットライトをあてた方がいます。古書店石神井書林』の店主、内堀弘さんです。

 

「「モダニズムの時代」、これは一般的に1920(高岡注:原文は漢数字。以下年代表記同)年代中盤から1930年代初頭にかけてを指している。もちろん前史があり、持続と変容の後史があるわけだが、この一時期に弾けた新しい感覚は誠に際立ってていたと言わねばならない。なにしろカフェの装飾から足袋屋の看板に至るまで「レスプリ・ヌウボオ」(新しき精神)の息吹が溢れていたのだ。

 さて、この時代も後半にさしかかった頃である。ボン書店という小さな出版社が姿を現わした。出版社といっても社員を雇い事務所を設け、というのではない。たった一人で活字を組み、自分で印刷もして、好きな詩集を作っていたらしい。こんな小さな出版社だったが1930年代初頭から北園克衛春山行夫安西冬衛山中散生というモダニズム詩人たちの詩集やシュルレアリズム文献を次々と送り出してゆくことになる。そして数年後、彗星のように消えてしまった。

 半世紀が過ぎて、この小さな出版社には「幻の」という言葉がとても似合うようになってしまった。あれは何だったのか、よく分からなくなってしまうと私たちはいつもこの便利な形容詞を付けてしまう。だが、モダニズム詩に興味を持った人ならばどこかでこのそっけない名前の「幻の出版社」に出会っているはずだ。

 ボン書店の書物はいずれも小部数の出版だったが、まずこの小さな出版社がラインナップした著者(詩人)たちの顔ぶれである。彼らの多くは今でこそモダニズム詩の中心的な詩人として評価を得ているが、当時はまだ新鋭詩人の一人にすぎなかた。つまり若かった頃の彼らを追えばボン書店の名前にぶつかることになる。もう一つはこれらの詩書に共通する卓越した造本感覚である。ル・コルビジェの建築やエリック・サティの音楽に現れたシンプルでしかし洗練された感性は当時のモダニズム詩人に大きな影響を与えているが、ボン書店の書物にもこの感性が充分に生かされていた。華美に走らず通俗に陥らず、作品を盛る器(書物)の簡素な美しさは今も色褪せてはいない。作品はこの器(書物)を求めた。そんなオリジナル性としてボン書店の名前は姿を見せる」(p.11 - 13)

 

 こうして内堀さんは、関係者の著書や生き証人へのインタビュー、現地調査等々、気の遠くなるような研究を重ねて、遂に鳥羽茂の生涯と業績、そして苦悩を発掘し浮き彫りにすることに成功します。その見聞のありかたと検証過程は学者やジャーナリストも見習ってほしいほど緻密なものですし、なによりも内堀さんのお人柄が滲み出ていながらシンプルで的確な文章が素晴らしいです。話題が少しずれますが、内堀さんの随筆は高岡が10ページに一度は声を出して笑ってしまうほど楽しく、それでいて心に残るものばかりです。『石神井書林日録』、『古本の時間』(いずれも晶文社)など併せてご一読をお薦めします。

 話を戻しましょう。

 

「(ところで、)八月に出た『詩学』十二号(終刊号)の後記には追いつめられたような感想が吐露されていた。

 

「詩も書きたい、雑誌も続けて出したい、寄稿誌も読みたい、新聞も見たい、新刊にも目を通したい、接客もしたい、依頼される原稿も書きたい、人も訪ねたい、会にも出たい、展墓もしたい、肉親にも会いたい、そして少し贅沢を言はせてもらへば、一週間ばかり眠りたい、どれも充分果たせない」」(p.183)

 

 奥様に先立たれ、資金も底をつき、まだ幼い我が子を連れて追われるように東京を去った鳥羽茂は、既に誰一人として身寄りのない郷里で28歳の生涯を閉じます。この輝かしい業績を遺しながらも忘れ去られた青年を今に蘇らせたのは、高名な学者でも売れっ子の文化人でもない、詩をこよなく愛する一人の古書店主でした。